口のできもの・しこり・腫瘤
◉はじめに
ご自宅でワンちゃん猫ちゃんが大きく口を開けた時に偶然しこりを発見したことはありませんか?基本的に良性/悪性の判断は大きさ・見た目・硬さだけでは正確な判断はできません。小さい・痛がらない・柔らかい・本人は気にしてない・大きさが変わらないから問題ないとは言い切れないのです。
◉口のできものの分類について
できものを見つけた時は主に大まかに①非腫瘍性のできもの、②良性腫瘍、③悪性腫瘍の3つを想定します。また、一般的にはそれぞれ下記のような傾向にあります。
①非腫瘍性のできもの
- 炎症性肉芽腫や過形成など、腫瘍ではないできもの全般を指す
- 命に直接関わらないことも多い
- 非腫瘍でも大きくなってくると悪臭・出血・痛みなどを伴い食欲不振になりQOLが低下することがある
- 手術で取りきれば完治する
◆実例:歯肉炎・炎症性エプリスなど
②良性腫瘍
- 転移をしない腫瘍を指す
- 命に直接関わらないことも多い
- 良性腫瘍でも大きくなってくると悪臭・出血・痛みなどを伴い食欲不振になりQOLが低下することがある
- 手術で取り切れば完治する
◆実例:腫瘍性エプリス(線維腫性エプリス・棘細胞性エナメル上皮腫など)
③悪性腫瘍
- 転移をする可能性があり周囲の組織(歯肉・骨など)に浸潤しやすい腫瘍
- 短期間で大きくなりやすく、命に関わることが非常に多い
- 腫瘍の種類によってはQOLの維持のため手術が適応になる場合が多い
- 最小限で切除すると取りきれないことが多く、より広範囲(顎の骨ごとなど)での切除が必要
- 手術のみで完治できると限らず、悪性腫瘍の種類によっては抗癌剤や放射線を追加で行う場合もある
◆代表例:悪性黒色腫(メラノーマ)・線維肉腫・扁平上皮癌など
◉検査・診断
口のできものが認められた場合は、基本的には外科手術による切除が推奨されます。できものの種類や広がり方によって切除範囲も大きく変わります。切除できるのか、麻酔がかけられるのか、どんな手術になるのかを判断するためには様々な検査が必要です。
特に、悪性腫瘍の疑いがある場合はステージング(腫瘍がどこまで広がっているか、転移はないか)も必ず調べます。その為に、レントゲン検査・超音波検査、必要があればCT検査などを組み合わせます。
・血液検査
他に大きな病気はないか、麻酔がかけられる状態なのかを判断するために行います。
・レントゲン検査
顎の骨にできものが浸潤していないか、肺や腹部に転移を疑う病変がないかを検査します。
・腹部・頸部超音波検査
腹部の臓器に転移を疑う所見や他に大きな病気がないかを確認します。また、下顎や頸部のリンパ節に転移を疑う所見はないかを検査します。
・CT検査
できものの浸潤を立体的に見たり、より細かい転移所見を見つけだすことができます。当院にはCTがないため、必要に応じて外部のCTセンターをご紹介いたします。検査は麻酔をかけて実施します。
・細胞診・生検
できものの種類を判別するためには細胞診や生検を行い病理検査を行う必要があります。以下に代表的な方法を挙げます。
①細胞診
注射針をできものに刺して細胞を集め、顕微鏡で細胞の形態を観察する検査です。できものの種類によっては細胞診のみでは診断できないこともあります。超音波検査と組み合わせてリンパ節や内臓臓器への転移の有無も確認できます。麻酔や鎮静なしで行えることもあります。
②パンチ生検・楔状生検
穴あけパンチのような特殊なメスや外科剪刀(ハサミ)でできものの一部を切り取り、病理検査を実施します。細胞診のみでは診断困難と判断した場合に行います。実施には鎮静や麻酔が必要です。
③コア生検
鉛筆の芯程度の太さの針でできものを切り取り病理検査をします。比較的大きいできものに使用します。細胞診のみでは診断困難と判断した場合に行います。実施には鎮静や麻酔が必要です。
④切除生検
できもの全てを最小限の大きさで切除して病理検査をします。これはできものが良性の可能性が高い場合に選択することがあります。治療と検査を同時に行うことができます。しかし、悪性腫瘍でこれを行なってしまうと、かえって腫瘍細胞を周囲に広げてしまうこともあるため慎重に選択する必要があります。実施には鎮静や麻酔が必要です。
※それぞれの生検の詳しい特性に関しては『体表のできもの』をご参照ください。
・病理検査
細胞診や生検で採取したサンプルは病理の専門医に外注検査を依頼します。できものの種類やマージンの評価(手術で取りきれたか)によってその後の治療内容や予後が予測できます。
◉治療
・外科手術
麻酔をかけて手術によりできものを切除します。悪性または良性、周囲への浸潤性により切除範囲は大きく変わります。発生部位と浸潤度によっては顎の骨や舌や鼻なども一緒に切除する必要があるため、外貌が大きく変化する場合もあります。負担のかかる治療になりますが、口のできものを放置し腫瘤が大きくなるとQOLは極端に低下してしまうため、当院では早めに切除をおすすめしています。仮に転移をしてしまっても、なるべく口の中での局所再発がないように取り切ることを最優先に考えます。
・放射線治療
放射線照射によりできものを縮小させる方法です。できものの種類によっては非常に有効ですが、放射線のみでは完全にできものを取り除くことはできません。
放射線治療は複数回の照射が必要なため、実施の度に麻酔をかける必要があります。また実施にあたって放射線障害を伴います。実施する際には、放射線治療器のある2次診療施設へのご紹介が必要です。
・抗がん剤
悪性腫瘍の場合に使用を検討します。多くの場合、抗がん剤単体では効果が乏しく主に手術で切除した後の再発転移予防を目的として使用します。薬は注射と飲み薬のタイプがあります。使用にあたっては抗がん剤の副作用(骨髄抑制・消化器毒性など)に注意が必要です。
・緩和治療
痛み止めや止血剤などの内科治療で症状の緩和を図ります。ただし、悪化してくると内科治療で緩和しきれなくなってきます。
◉栄養チューブ・切除後の食事管理について
口のできものの手術をした場合、術部保護のためにしばらく(5~14日前後)口からご飯を食べさせないようにします。そのため当院では食道チューブという医療用の管を首から食道にかけて設置し、そこから流動食を給餌しています。必要がなくなればいつでも抜去可能です。最終的に自力での食事が難しいと判断した場合は胃瘻チューブの設置をご相談します。
犬は大きく顎を切除しても舌さえ動けば、最終的にご飯を自力で食べられる子がほとんどです。しかし、猫の場合は一部顎を切除しただけでも食べ無くなってしまう子が多く胃瘻チューブの設置をお勧めするケースが多い傾向にあります。
◉当院での手術例 ※飼い主様にご許可をいただき写真を掲載しております。
ケース①
偶然下顎にできものがあることに気がついて来院されました。生検を行い、病理検査の結果は口腔内悪性黒色腫でした。このまま大きくなっていくとQOLが低下していく可能性が高いことをお話ししました。小さいできものでしたが悪性腫瘍ということもあり拡大切除にて下顎の先端1/3程を切除しました。外貌の変化は少し出てしまいましたが、手術後も自分でご飯を食べられています。
【手術前の下顎のできもの】
【切除後】
ケース②
右下顎の犬歯付近にできものを認め、歯科処置も兼ねて来院されました。生検を行い病理検査結果は棘細胞性エナメル上皮腫という良性腫瘍でした。周囲への浸潤が強い腫瘍のため、下顎の一部含めやや拡大切除を行いました。病理検査でも切除状態は良好で完治できました。一時傷がジュクジュクして再縫合を行いましたが綺麗に傷は塞がりました。この子も問題なく自力でご飯を食べています。
【手術前の下顎のできもの(青矢印)】
【手術後】
◉まとめ
以上が口の中にできものを見つけた時の簡単なご説明です。当院では口の中にできものを見つけた場合は早急に検査・手術をお勧めしております。なぜなら、口の中のできものは良性でも悪性でも大きくなると出血・痛み・悪臭・食欲の低下・口が開けられない閉じれないなどの症状を示しQOLを低下させるからです。また、なるべく小さく初期の段階で悪性腫瘍を見つけられた方が治療の負担も少なく治療成績も良く、外貌の変化も最小限にとどめることができます。
できものを見つけたが、大丈夫だろうと様子を見ていたら短期間で何倍も大きくなり治療が大変になったり手遅れになっているケースもしばしば見受けられます。口の中にできものを認めた場合は様子を見過ぎずに御相談ください。