犬の重症筋無力症について
◉概要
神経筋接合部疾患の一種で、先天性と後天性に分類されます。
通常、神経の先端から筋肉の表面に向けて、神経伝達物質(アセチルコリン)が分泌されることで神経から筋肉へ信号が伝えられ、筋肉が収縮します。しかし重症筋無力症の場合は、筋肉に存在するアセチルコリン受容体が何らかの理由で機能しなくなることで、神経から分泌された神経伝達物質を筋肉で受け取れず、骨格筋を収縮させることができなくなってしまいます。
先天性筋無力症症候群
-アセチルコリン受容体の先天的な減少もしくは機能不全、アセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーぜの機能異常などが報告されています。
-好発犬種:ジャック・ラッセル・テリア、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル、ミニチュア・ダックスフンド、サモエドなど。
-通常は6-9週齢ごろに臨床症状が出始めます。
-臨床症状のコントロールが困難な症例が多いです。
-ただし、ミニチュア・ダックスフンドでは6ヶ月齢ごろに自然寛解する症例も報告されています。
後天性重症筋無力症
-アセチルコリン受容体に対する自己抗体が産生され、神経筋接合部の伝達が傷害されることで生じる疾患です。臨床兆候の分布や重症度に基づき、全身型・局所型・劇症型に分類されます。
-全身型では、約8割の症例で巨大食道症の発生が報告されています。
-原因の多くは自己免疫異常ですが、その他に腫瘍(胸腺腫など)・薬剤性・内分泌疾患(甲状腺機能低下症)の関連も考えられます。
-年齢分布は2峠性であることが知られており、4歳以下、または9歳以上に多いです。
-好発犬種:秋田犬、ジャーマン・シェパード、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー、チワワなど
◉症状
散歩中にすぐに疲れて座り込んでしまう、巨大食道に伴う吐出、唾液量の増加、瞬きの数の減少、嚥下障害、発声障害、筋萎縮、起立困難などが挙げられます。
◉診断
一般的な血液検査では、診断は困難です。巨大食道症に伴う誤嚥性肺炎を発症している動物では、炎症所見(白血球数の増加、CRP上昇など)が認められることがあります。
確定診断には、血液中の抗アセチルコリン受容体抗体を測定します。全身型では98%の症例で上昇していますが、局所型では陽性にならない症例も一定数います。
診断の補助として、エドロホニウムという注射薬を投与すると、2~3分で症状の改善が認められます。
◉治療
アセチルコリンの分解を抑制する薬剤(アセチルコリンエステラーぜ阻害薬)で治療します。これにより神経筋接合部でのアセチルコリン濃度が上昇することで、受容体に結合しやすい状況を作ります。
免疫抑制剤は過去には頻繁に使用されてきましたが、近年の研究では免疫抑制剤の有無で生存期間や寛解率に差はなかったという報告も出てきています。
◉予後
犬の重症筋無力症のうち、約9割は、発症後半年から1年で自然寛解することが報告されています。しかし、巨大食道症や嚥下障害を起こしており、誤嚥性肺炎などの合併症を繰り返している場合には命に関わる可能性が高くなるため注意が必要です。